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つくるの思った事

Twinkle 所属 office R-2の福田創です。誰かに聞いて欲しい事や思った事を書いているだけですので基本アバウトです。

〇〇やってたんでしょ?というセリフ

今回は前置きなしで進めていきます。

僕は半年ほど前まで男子新体操というスポーツをしていました。

きっかけは趣味でやっていたアクロバットをもっと極めたい、とかそんな理由だったかと思います。

今でこそ、そこそこ見れるレベルにはなりましたが昔はホントに酷いレベルでした。

連続バク転は曲がりに曲がるし足は開くしつま先は汚いし…

と数え上げたらキリがありません。

そして男子新体操とはその特殊性故にありとあらゆる所にまで気を遣います。

それは部活のみならず私生活にまで及ぶのですが、全ての指導者が私生活がなってなければ結果は出ない

と口を揃えて言っていました。

掃除、準備、礼儀、言葉遣い、気配り、挨拶

誰しもが

「そんなの出来る」

と思いがちですが実際に取り組んでみるといかに自分が出来ないかが分かります。

おはようございます

でさえも、初めは "恥ずかしくて"言えませんでした。

 

そして私生活での姿勢がある程度出来るようになってきてやっとフロアに上がることが出来るのですがこれもまた大変でした。

いくら上記の事が出来ても実力に反映される訳ではなかったからです。

 

じゃあそんな事なんて気にしなきゃいいんじゃないの

と思いますよね。僕もそう思ってました。

ただやはり、やらせているからには理由があるんです

 

周りへの気配り、細かい所に気付く判断力などを養っていかなければ自身の技への問題点、他人との比較が出来ず、そのレベル止まりで終わってしまうのです。

例えば違うスポーツチームの監督の話を聞く機会があったのですが、やはり強いチームはみなこの考えを持って取り組んでいるそうです。

「競技の前の競技」

と言ったところなんでしょうね

 

すなわち

誰しもが生き抜いてきた辛さがあるのに

〇〇やってたんでしょ?

自分も〇〇やってたらな〜

なんて言葉を簡単に言える人は残念ながらそこまでなのかな~と

 

本当に上達したいならその人を上回る練習をすればいいだけです

20歳を越えてから始めたのに日本代表になったり世界で戦っている人間もいます

というかその競技をやっていると付きっきりで教えて貰えると思ってるなら大間違いです。

基本的にレベルが上がれば上がる程、教えて貰う事よりも自分で研究する方が多いです

さらに言えば競技をやっている人より強い…

上手い人なんてごまんといます

 

自分の実力のなさを誰かにぶつけないでください

指導するということ

今日の練習で感じた事です

いつもは先生がいるので先生の指導のもと練習をするのですが今日はいなかったので自分が先生として練習を行いました。

体ケアのプロフェッショナルの方に聞いたやり方を一人づつに指導していきます

そんな時、同じように教えたのに出来る子と出来ない子で別れます。

さて、その違いはなんなんだろうか?

と僕は考えます。

 

それはイメージを汲み取る力の差でした。

自分の中でイメージを展開して、どう体に反応させるか

やはりこれが出来るか出来ないかで指導後の反応は個々で違います。

因みにそういう子は自分たち先生が行う技を凄く見ています

 

この事から今日の練習では技術を教える事も勿論ですが、頭の中でイメージを掴ませること

ここに重きを置いて指導しなければみなが平等に上手くはならないのかな??

なんて思いました。

まあ、みんな可愛いので誰かに特別視したりするとかそういう事はしませんけどね

 

大学2年生

今日のタイトルは 大学2年生 です。

僕は今日2年生後期の試験がすべて終了しました。3年生にはなんとか、進級出来そうです。

 

さて、大学2年生というのはとても奇妙な立ち位置であります。

中学高校の2年生とはまた違った

不思議な余裕があるんですよね。

上記二つは進学するか、就職するか、人生を決断しなければいけない大事な学年ですが大学2年生というのはまだ2年ある

と、思ってしまうんです。

僕の場合は定まっているのであと2年だとか、もう2年しかない、だとかは考えてません。

やるしかありませんから(_ _)

 

多くの先生方は大学2年生は就職先を定める大事な時期だと仰っていました。

確かにその通りです。

3年生になって何しようかな~

だと些か遅く、一気に差を付けられてしまうらしいです。

そもそも1年生の時点である程度定めておけば後はそこに向かって勉強すればいいだけ

と言われたのですが、既に遅いですね。

この3年生に上がる前の長い春休みにただボーッと過ごしているか。

少しでも有利に過ごすために勉強をするか、というのはかなり違ってくると思います。

 

僕は学校の時間がなくなったのでとりあえず自動車学校に通いたいと思います(笑)

20秒の勇気

こんにちは、今日は20秒の勇気についてお話します

これは僕の好きな映画

幸せへのキセキ

で劇中使われるセリフです。

要はどんなに怖いことでも20秒くらいは勇気出せるだろ、頑張ってみろ

という事です、映画でも同じ意味で使われていました。

確かにな〜…と思い、今では僕がビビった時によく思い出してます

 

今日は自分の中で頑張る日でした

どうしても言わなきゃいけない事があって…

でも怖くて言い出せなかったんですね

 

嫌な顔されたらどうしよう

シカトされたらどうしよう

 

って色んな考えが頭に浮かびました。

今までも何度か言い出すチャンスはあったんですがどうしても怖くて言い出せずにいました。

ただ、昨日このセリフを思い出して明日言い出してみようと思って実行に移しました。

結果はといいますと普通に応えてくれました

なんと言いますか、拍子抜けとでも言いましょうか

でも20秒の勇気を出してよかったな

……とそう思いました

結局対人の悩み事っていうのは考えれば考える程悪い方向に進んでしまいがちなんですよね。

「ほら、やっぱり」

と失敗した時の保険を掛ける訳です

でも何故なんでしょうね

大体そう思ってる時ってその反対の答えだったり予想してなかった回答が返ってきたりします

そういう事があると

「ああ、頑張ってよかったな」

そう心から思えます。

 

はい、案ずるより産むが易し

ってやつです

 

ただ、ウチの母親はこの言葉は間違ってる

と言ってました、人によるみたいです(笑)

 

SNSの普及とそれに伴ういじめ問題

こんにちは、今日は柄にもない事に着目しました。

とはいってもこの先生きていく上で無視出来ない問題の一つでもありますよね。

 

まず近年の凄まじい携帯電話の進化で1人に1台携帯が当たり前の時代になりました。

固定電話で電話する…なんて事は一般家庭では少なくなってきているようです。

FAXなんてない!

という家庭もあるようですよ、僕には信じられません

(と、言いつつもFAXなんて何年も使ってないですけど)

※下記コラムより

grapee.jp

 

 

さてさて、そんな便利な携帯電話ですが遂には電話だけでなくインターネットまで出来るようになりましたね。

今では当たり前ですが5年前はそういう訳にもいかなかったのです

そう、携帯電話の急激な成長はここ5年間の話でもあります

さすが経済大国日本です

 

ではそのインターネット

遠くにいる友人に一瞬で連絡がとれる、とても便利なものです

それだけではなく友達以外のまったく顔の知らない人とも繋がれてしまうんです!

なんと魅力的なことでしょう!

 

そう思いますよね

僕もそう思います、きっとこういう広告があったら思わずクリックしてしまいます

ただ、今だと当たり前過ぎてスルーしてしまいますが...

 

ここが問題です。

この当たり前過ぎるという部分です

2017年現在、世界の距離は近くなり過ぎました。

言ってしまえばあの芸能人や昔好きだったあの子の事も知れてしまう。そんな簡単な世界になってしまったのです。素敵

ただその裏には知られてしまう、という問題も含まれています。

ある程度学のある人間であればSNS以前にうまい話には裏があると踏んで常に気を付けているでしょう。

それは学のある人間だから出来ることです

僕が言いたいのは

ではこの注意点を子供が理解出来るのか?

という問題です。

 

言葉は凄く悪いのですが当たり前になってしまったインターネットの問題から生じる子供同士のいじめや自殺。

大人達は子供にSNSを使わせるからだ

俺の子供の時は…

なんて言いますが実際その立場になったらそのいじめに加担しない自信はあるのでしょうか?

 

すみません、僕にはないです

 

それは何故か?

子供は好奇心旺盛、ダメと言われたことをやってみたくなる生き物だからです。

自分の子供は躾てあるからそんな事はない!

と思っている方も勿論いるでしょう

良い事です

 

ただやっぱり、不思議なものが落ちてたら触ってみたくなるしボタンがあったら押してみたくなってしまうものなんです。

きっとみんなそうだったと思います。

 

SNSという顔の見えない相手との不慣れな距離感

顔が見えないからこそ、普段言えない事も簡単に言えてしまう。

正直な話、この問題に関していったら根絶というのは無理な話だと僕は思います。

SNSだけなら使わせないというのが一番の解決策ですけど実際この問題は子供だけの話で収まる問題ではありません

 

僕は小、中学校と何度も転校を重ねました。

勿論その都度イジメられました

具体的な解決策は未だによく分からないですがいつしかいじめられる事もなくなりました。

いじめられるのはいじめられる方にも原因があるとはよく聞く話ですが僕はその意見に賛同派です。

個人の見解ですが

転校を繰り返してる内に自分の意見がない人間はいじめられてしまう傾向が多いのかなと考えるようになりました。

自分はこうである!

という我…とでも言いましょうか?

小さい頃からそんな我はいらない!

……?果たしてそうでしょうか?

 

この我がなければそこではよくても社会では対応し切れなくて結局潰されてしまうのではないでしょうか?

 

誰も助けてくれないから行動に責任を持つ

自分でアンテナを張って自分で判断して決める

 

これは小さい頃から培ってないと難しい感覚だと思います。

その為、我を育てるという事に重きを置くべきなのではないでしょうか

いじめをしない教育を施すより、いじめを受けた際自分がどうするかを教える

という教育の方が実用性があるかな、と

 

とどのつまりですね

子供のまま大人になった所謂アダルトチルドレンが"とりあえず"子供に携帯を持たせるのが問題なのかと思いました。

どうしたって今の時代はSNSに触れる事になってしまうのですからそんなに早く、首を突っ込まなくてもいいのではないでしょうか

 

最低限の危険から守りながら自由に遊ばせる…

 

……うーん、難しい!

正しいSNSの使い方なんて、分かっていそうで誰も分かりませんからね